かどふさTV(ティービー)では「知らなかった!ちょっとディープなふたみの魅力」を発信します。

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FUTAMI MAP

ふたみマップ

二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)

縁結びのシンボル夫婦岩

 
 二見興玉神社は猿田彦大神(さるたひこおおかみ)を御祭神とし、開運や家内安全・交通安全に御利益があるといわれています。
 正面に見える夫婦岩は、その沖合約650m先にかつて鎮座していた「興玉神石」(おきたましんせき)と太陽を拝む鳥居の役目をしています。大小2つの岩は夫婦のように見えることから、夫婦円満や良縁成就を願う人々も訪れます。
 また、古来より二見浦は清渚(せいちょ)と尊ばれ、お伊勢参りの旅人が心身を清める禊(みそぎ)を行う場所でした。
 現在も遷宮の行事などに参加する神領民(しんりょうみん:神都、伊勢に住む人々のこと)は、神社でお祓いを受けてから行事に参加します。
 

住所:三重県伊勢市二見町江575  LinkIcon MAP

 

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ふたみ よもやま話

境内にはかえるの置物がいっぱい…!

 実は二見興玉神社では御祭神の猿田彦大神の使いが「かえる」。
今では、「無事かえる」「貸した物がかえる」など、かえるに掛けた縁起のいい験担ぎ(げんかつぎ)とされ、観光客の方々にも人気があります。
 かえるの置き物は、御利益があった人などから奉納されたものでした。

御塩殿神社(みしおどのじんじゃ)

神宮に納める塩をつくる

 125社から成る伊勢神宮の宮社(みやしゃ)のひとつ。
 御塩の神様が祀られており、内宮の所管社で、神宮の神事に欠かせない堅塩(かたしお)を造る神社です。7月末の土用の日に塩水を汲み、堅塩に焼き固め、神宮に納めます。
 「堅塩」は、塩田「御塩浜(みしおはま)」から鹹水(かんすい:濃い塩水)を運び、古来変わらぬ入浜式塩田で作り続けています。
 読みは「みしおどの」ですが地元の人は「みしょうでん」や「みしおでん」と呼んでいます。
 

住所:三重県伊勢市二見町荘 LinkIcon MAP

 

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ふたみ よもやま話

貴重な様式!?「天地根元造り」

 御塩殿からさらに奥へ進めば、「御塩汲入所」(みしおくみいれしょ)と「御塩焼所」(みしおやきしょ)があります。
 両方「天地根元造り」(てんちこんげんづくり)と呼ばれる構造を現在に留めています。
 建築史上貴重な様式なんです!登呂遺跡などでも見られる最も原始的な様式。一度見てみては!?

龍宮社(りゅうぐうしゃ)

水害の恐ろしさを伝える

 二見興玉神社の境内にある、海の守り神・綿津見大神(わたつみのおおかみ)を御祭神とする神社。
 1792年、江戸時代にこの地方を大風水害(だいふうすいがい)が襲い、江地区では残った家はわずか5、6軒、人々は助け合いながらこの災害から立ち直ったと伝わります。
 以来、旧暦の5月15日には災害が起こらないようにと祈願し、大風水害による被災者を供養する神事、郷中施(ごじゅうせ:郷=村の中の者がお互いに施し合って立ち直った)が行われています。
 
 

住所:三重県伊勢市二見町江575 LinkIcon MAP

 

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大江寺太江寺 たいこうじ

二見で最古の寺

 奈良時代の僧・行基(ぎょうき)が創建したと伝わる長い歴史を持つ寺。
 鎌倉時代に作られた本尊の千手観世音菩薩は、重要文化財に指定されています。寿命長寿、病気平癒の仏として信仰されてきました。
 境内には藤・アジサイなどが咲き、花の寺としても知られています。
 また、最近はペット供養のお寺としても有名です。
 
 

住所:三重県伊勢市二見町江1659 LinkIcon MAP

 

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ふたみ よもやま話

二見興玉神社の元社!?

 実は興玉神社の元社にあたる神社は大江寺にあります!
 今も境内には社があり、興玉神社のシンボル、かえるにも会えるかも!?

安養寺跡(あんようじあと)

晩年の西行が過ごした

 1180年、平安時代末から約6年間、二見浦の安養寺で過ごしていたとされる歌人・西行法師(さいぎょうほうし)。
 二見は、歌聖(かせい)と呼ばれた一流の歌人であった西行が愛した地でもありました。
 安養寺跡では、発掘調査で出土した資料から西行の庵があったと推測されます。出土した資料の一部は賓日館で見ることが出来ます。
 西行はここから神宮へ通い、神官などと和歌を通じて交流を重ねていたそうです。
 
 

住所:三重県伊勢市二見町光の街周辺 LinkIcon MAP

 

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国立国会図書館デジタルコレクションより

ふたみ よもやま話

西行ってどんな人!?

 当時、一番権威のあった「新古今和歌集」に94首も入撰!
 これは「新古今和歌集」の入撰数、第1位!
 当代随一の超一流歌人は、二見で何を感じ、何を思ったのでしょう―

音無山

神話の舞台

 標高119.8メートルの山。展望台や遊歩道がありハイキングコースとして親しまれ、春には約2,000本の桜が咲き誇ります。
 天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀るふさわしい場所を探す旅をしていた、倭姫命(やまとひめのみこと)は、その旅の途中、二見浦に立ち寄りました。
 倭姫命を迎えた音無山の麓に住む佐見津日女命=佐見都日女命(さみつひめのみこと)は、「あなたの国の名は何と言いますか?」という倭姫命の問いかけに答えず、音沙汰が無かったことからこの山を「音無山」と呼ぶようになったとされます。
 また、この時、佐見津日女命は堅塩を献上したと言われ、二見浦で神宮に納める塩を生産する起源とされています。 
 

住所:三重県伊勢市二見町茶屋 LinkIcon MAP

 

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ふたみ よもやま話

音無山には5つの名前がある!?

佐見山(さみやま)
 佐見津日女命(さみつひめのみこと)が麓に住んでいたことから
音無山(おとなしやま)
 倭姫命(やまとひめのみこと)の問いに答えられなかったため
三郎山(さぶろうやま)
 源義経四天王のひとり伊勢三郎の出身地であったことから
塩木山(しおきやま)
製塩業者が塩を焚き上げるときに使う薪にする木をこの山で採ったことから
江山(えやま)
 旧二見郷の江村の東部に位置しているから
 みなさんはどれがお好き~?

御塩浜(みしおはま)

古来より続く入浜式塩田

 
 御塩殿神社で作る堅塩(かたしお)は、ここで凝縮された鹹水(かんすい:濃い塩水)から作られます。
 五十鈴川河口にほど近いこの地では、海水と淡水がほどよく混じり合って細かないい塩が採れるとされています。
 海水は海の満ち引きを利用して塩田に汲み入れ、採鹹(さいかん)作業は7月末の土用中、約一週間かけて行います。
 

住所:三重県伊勢市二見町西900 LinkIcon MAP

 

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